物質を2種類で分別してみる その6
脳のリフレッシュにお絵かき♪
みたいなワークをやってみました★
黒い用紙にゴールドのペンで描きます。
紙の上に輪ゴムを無造作に置いて輪郭をなぞり、いくつかできたら
あとは自由に模様をつけるだけ☆
簡単なので楽しめます♪
どんなふうに描いても抽象画みたいになっていい感じですw
簡単なのに、人によって随分印象が変わるので、
いろんな人に描いてもらって鑑賞するのも楽しいです。
それでは本日の記事です。
7.有見色(うけんしき)と無見識
境色の中の色が有見色で、その他の27種類が無見色となります。
例として「こんなものです」と人に見せて説明できるかどうかという分別です。
物質の世界で見せて説明できるものといえば ”目に見えるもの” だけです。
8.取境色(しゅきょうしき)と不取境色
境が自身に届かないで生じている眼・耳と、届くことによって生じる鼻・舌・身の5種類は取境色で、その他の23種類は不取境色となります。
境が届かないものというのは、色形や音は直接感覚機能に触れなくても認識できるものです。
境が届くものというのは、香りや味、触れるものは感覚機能に触れなければ認識できません。
取境色というのは感覚機能(対象を取る側)であり、不取境色というのは5つの感覚機能によって認識される対象である(取る側ではない)という分別です。
いろんな分類方法がありますね~。
でもなんとなく、「結局は認識できるかどうか」の分類がほとんどな気がしますw
認識できるものがそこにある。
すべては常に変化している。
いろんなエネルギーが影響し合っている。
それらを捉えて決めるのが自分です。
認識する範囲も、どう考えどう感じるかも、全部自分が決めています。
事実を見つける力も大切です。
自分の妄想が真実、正しいと思い込んでいるようなことがたくさんあります。
こういったようなことを考え直すのに物質について、
分類について知っておくのも良いんだろうなぁと思いました。
【参考図書】ブッダの実践心理学 第1巻/アルボムッレ・スマナサーラ
物質を2種類で分別してみる その5
今日は記念日なのでお気に入りのお店でディナーです♪♪
楽しみ~★このお店に行くのは1年ぶり。
桃を使ったお料理(たぶんデザートだと思う)を用意してくれるそうなので期待値UPですw
さて、さっそく本日の記事に入ります。
5.執受色(しゅうじゅしき)と非執受色
業色の18種類は執受色、その他の10種類は非執受色となります。
・業色・・・四大色(地・水・火・風)
浄色(眼・耳・鼻・口・身)
境色の中の4つ(色・声・香・味)
性色(男・女)
心色
命色
食色
私のものだ!と執着する物質かどうかの分類です。
執受色は煩悩を作ったり自我意識を生む原因になり、悟らないようにするものでもあります。
物質エネルギーは、心のエネルギーである業と心、物質のエネルギーである時節と食から生まれます。
★物質は心によって生まれる
自分の欲しいものは何でも自分で作れます。
しかし物質に執着していては、なかなかうまくはいきません・・・
★物質は時節から生まれる
農作物ができたり、春には新芽が出たり・・・
人や太陽、水、温度などのいろんな物質エネルギーが関わっています。
★物質は食から生まれる
これはこの記事ではなく、後のほうでの説明になります。
私の予想では、食べることでエネルギーが生まれる
自分とは別のエネルギーを体内に取り込んで別のエネルギーを生み出す
といったようなことかな~と思います。
★物質は業(カルマ)から生まれる
可能性や潜在力のような意味です。
同じ物質でも大きさや高さによって与えたり加わったりするエネルギーは変わります。この位置エネルギーなどの違いがポテンシャルです。
心の持つポテンシャルも人によって違います。
心というはたらきは一緒でも経験の違いからポテンシャルが作られます。
感情や思考、行動、能力などはすべて自分のカルマから生まれた物質により身体が変化して出来上がったものなのです。
私たちはこれを自分として、自我、あなたや私という区別、才能といったアイデンティティとしてとらえます。
しかし、ポテンシャル・可能性なのでずっと変わらないことはありません。
どんどん変化するものなのです。
物質への執着を捨てて心を大事にすれば、日々の悩みも減り、
物質にはまったくこだわらず心のエネルギーだけを高めていけば
心から思うように物質を作り出せるようになるそうです。
んー・・・そこまではムリかな(笑)
物質への執着心の塊のような人間だしwww
ただ、日々忙しくて自分の時間があまりとれない!と思っていたり、
悩みや不安、痛みや辛さなどがある時、自分が〇〇じゃなきゃいけない!と思い込んでいる部分が無いか探してみるのもよいと思います。
その時、物質よりも自分の心を大事にする選択をしてみたら楽になるかもしれません。
【参考図書】ブッダの実践心理学 第1巻/アルボムッレ・スマナサーラ
物質を2種類で分別してみる その4
最近の私の変化。
怒りにしても、悩みや不安にしても、感じたら考えるようになりました。
どんな出来事に対して感じたのか。
相手の状況についてもあれこれ考えてみる。
その感情ではなく別の捉え方もできるのではないか。
不快な感情ではなく、より建設的な捉え方をするにはどんな方法があるのか。
それなりに学習効果が出ているようで安心しました(笑)
こんなふうに考えることを続けていたら、そのうちきっと私の心は少しずつ大きくなっていけるのではないかな・・・と思いますw
無理に笑おうとは思いませんが、不機嫌な顔、辛い顔でいるよりは口角をあげて
笑顔を作っている方がいいことがたくさんやってきます★
笑顔で脳はだまされると聞いたこともあります。
おもいっきり笑顔を作っているとき気分は少しでも良くなると思います。
笑顔のまま不機嫌にはなれないものです。
笑いながら怒る芸もありますが、でもそれはそれで周りは楽しい空気になりますよねw
笑顔。意識してみます。
では、本日の記事です。
5.麁(そ)、近、有対色(うたいしき)と細、遠、無対色
浄(眼、耳、鼻、舌、身)と境(色、声、香、味、触[地・火・風])の12種類が麁、近、有対色で
その他の16種類が細、遠、無対色となります。
麁と細はエネルギーの波動の大小をあらわします。
例えば、目のエネルギー波動と目でとらえる光などのエネルギー波動の大きさ
がどちらも大きければ波動がぶつかるため認識できます。
しかし波動があまりに小さなものは捉えることができずに素通りしてしまうのです。
普通の音は大きな波動ですが、超音波などは小さいので聴こえません。
これと同じく認識できるものは近いもの、認識できないものは遠いものとなります。
認識できるものはお互いにぶつかって対立するので有対、認識できないものは
ぶつかって対立することなく素通りしてしまうので無対です。
効果を期待して飲んだのに全く薬が効かない=無対 なのです。
宗教だとか、誰かを信じることとか、人の言葉をそのまま真実だと思い込むのは
語る人の思考パターンと聞く人の思考パターンが似ているからです。
似たもの同士は同調し引き合います。
人は多数の意見に同調しがちな面があります。
事実を自分で確認していないのに多数が正しいと信じてしまいます。
実感はどこから出てきたものなのか
それは自分で確認した事実なのか
と自問自答してみると良いかもしれません。
【参考図書】ブッダの実践心理学 第1巻/アルボムッレ・スマナサーラ
物質を2種類で分別してみる その3
モーニングページをしていて気づいたことがあります。
どうして言葉があんまり出てこないんだろう・・・と思っていたら、
私は頭の中に言葉ではなく映像が浮かんでいることが多いのです。
だから、映像を言葉に変える作業が必要になるんですね~。
気づいてわざわざ言葉にしないと映像が流れていってしまうどんくさいタイプですw
音楽なんかは、詩ではなく音が優先されます。
言葉自体も音として受け取っているので言葉として意味が入ってきません。
トレーニングには少し時間がかかりそうです。
ですが、1日も休まず続いているのがスゴイ。私、スゴイ(笑)
といったところで、本日の記事に入ります。
4.根色と非根色
浄(眼・耳・鼻・舌・身)と性と命の8種類は根色、その他の20種類は非根色となります。
物質エネルギーが働く場所として機能するかしないかの分別です。
細かく見ていけば俗世間にはいろんな仕事がありますが、
真理では、生命のはたらきといえば認識するということだけなのです。
すべてはただの認識なので、私とあなた、身体の状態、妄想でも瞑想でも大して差はないのです。
感情や考えなどはこの8種類のどこかからの情報が元となって生まれます。
ただの物質エネルギーから自分の認識が作られているのです。
ただの物質エネルギーと捉えれば、事実を見つけやすくなりますね★
現実と理想とのギャップ(アドラーでいう劣等感)を大きく感じるとき、
ただの物質エネルギーとして捉えてみると、 そのエネルギーが変われば
理想の状態になれるじゃないか♪ とごくごく単純に考えられそうです(笑)
いや、劣等感を感じずに 大した違いでないから今のままでいいや・・・ と
なってしまうのかな。。。ww
何が幸せかというのも決めるのは自分ですよね★
【参考図書】ブッダの実践心理学 第1巻/アルボムッレ・スマナサーラ
物質を2種類で分別してみる その2
感じる気温は暑くもないのに、湿気がすごくて眠れない・・・
手のひらと足の裏に熱がたまって眠れない・・・
冷え性だからなんでしょうけど、汗かいても血を巡らせる体操をしても効果なし。
困ってしまいます。
冬は冷たくって眠れない・・・ことはないw
湯たんぽ持ってるし~♪
寒いと眠くなるし(笑)
何か良い解決方法はないものか・・・。
では、本日の記事です。
3.門色と非門色
浄(眼、耳、鼻、舌、身)と表(身表、語表)の7種類は門色、その他の21種類は非門色となります。
外の世界を認識できるかどうかで区別されます。
生命はみんな平等です。
生命と生命でないものはこのように区別すればいいわけです。
5つの浄色で色、声、香、味、触という5つのエネルギーを体験し心がそれを認識します。
情報が入るところです。
人に何かを伝える時には身体での表現と、言葉での表現ができることで認識されます。
情報が出るところです。
情報を出し入れできる門であるかどうかということです。
情報を受信するエネルギーと発信するエネルギーがあれば生命で、それ以外は生命でない物質になるんですね。
微妙な違いでいろんな説明を見てきて、もうすっかり何が何だったのか忘れています(笑)
生きとし生けるものがみな幸せでありますように・・・
なんていう慈しみの瞑想をする時にはこの分類が役立ちそうです★
【参考図書】ブッダの実践心理学 第1巻/アルボムッレ・スマナサーラ
物質を2種類で分別してみる その1
連休が明けました。
久々の更新です。
今年の夏休みは長く感じました。
珍しくお出かけの予定を入れたからかなぁ~。
混雑するところが苦手なので、大型連休の時には家でゴロゴロしていることが多いのですが、
今回は連休後半なら空いてるかも♪と思って予定を入れたら大当たり★
道路も行った先の施設もすごく空いていてのびのび過ごせました♪
暑い夏だから洞窟行こう洞窟!とルンルンで行き、涼しくて随分と癒されましたが
その後の行程でハイキングのようなコースを歩くハメになり汗だくに(笑)
幸い曇り空でしたが、それでも汗だく。
途中、通り雨がザーッときましたが、汗だくだったので「もっと降れ~♪もっと降れ~♪」と、本来ならレジャー時には嬉しくない雨も恵みの雨となりましたw
いや~、楽しかったな~★
それでは、本日の記事です。
物質を2種類で分別する9つの項目
1.内色と外色
5つの浄色(眼、耳、鼻、舌、身)は内色、その他の23種は外色となります。
5つの感覚器官によって「私」という概念や主観が生まれます。
その為、ここに私がいて外に世界がある、という感覚が生まれるので内色なのです。
2.基色と非基色
先ほどの5つの浄色に心を加えた6種類が基色で、その他の22種が非基色となります。
まずものごとを認識する基盤の感覚器官という意味です。
また、心色で考えたり、私がいると妄想したりすることで認識するのでこれも含まれます。
うーん・・・1と2は似てる気がするし、1に心が入ってもおかしくないような気もしてしまいますが。
心だけでは内か外かの区別はつけられないからでしょうかね。
心だけで自分だと認識することは可能ですからね~。
なるほど、なるほど。自分で勝手に納得しました(笑)
主観や認識する感覚器官と心。
これらと、その他の物質を区別して考えられるようになると心の整理もしやすくなりそうです。
事実と主観、妄想に分けられそうなので。
私たちは事実と主観や妄想を混同してしまいがちです。
そうなることで悩みやトラブルにつながる事も多々あります。
ここをしっかり区別できれば、客観的に考えられるようになると思います。
私なんて最近は頭の中でイメージしているものと違う説明をしたり、
イメージと違う字を書いたりしてしまうことが結構あります。
これはヤバイですかね・・・・
脳が、ヤバイんですかね・・・(笑)
【参考図書】ブッダの実践心理学 第1巻/アルボムッレ・スマナサーラ
物質の分別 その4
昨日はセミナー帰りに串カツ屋さんに行きました★
衣がお菓子みたいに香ばしくて、サラっと甘めのソースもよく馴染み
とっても美味しかったです。
居酒屋系に行くときは生ビールを注文するようになりました。
ビールがあまり好きではないのに不思議ですw
では、本日の記事です。
7.すべての物質は認識する対象を持たない
すべての物質は無所縁である。
物質には物事を何も認識できないということです。
心は知ることができますが物質エネルギーはただ流れているだけです。
8.すべての物質は(煩悩を)断たれるべきものではない
すべての物質は非所断である。
物質には煩悩が無いので断つべきものには含まれないということです。
身体はただの物質エネルギーで変化しているだけのことなので、エネルギーが
必要な時は食べて、汚れて気持ち悪ければ洗って、足が疲れたなら座り
自然に任せて放っておけばいいのです。
わざわざつらいことをして身体を使うような修行は必要ありません。
ここまでの8つは、物質を一つの言葉でまとめて言うなら・・・というものでした。
物質はただの変化するエネルギーだ、というだけのものなので、
執着したり、こだわりを持っても意味がないわけですね。
物質にとらわれると心に煩悩があらわれてしまうので、ただの物として放っておきましょうってことかな。
身体に感じる痛みなどの辛さはなかなか放っておくのも難しいですが、
確かにそれにとらわれてしまうと、意識はそこだけに集中してしまいます。
ただ、そんなつらいものでもそれ以上に意識が集中できる何かがあれば、
その瞬間はつらさも忘れてしまうことがあるのも事実です。
解決思考という心理学にそんなヒントがありそうな気がします。
いろいろと学んで頭では理解できたとしても、実際にうまくコントロールするのは
難しいものです。
学んだら試してみることを繰り返していくしかないですね★
【参考図書】ブッダの実践心理学 第1巻/アルボムッレ・スマナサーラ