観照を崩壊させる実験
mac book Pro が欲しくて貯金を始めたのが先月末。
結局買ってしまったのが先週末。
つまり、貯金しよう!とはじめたその日に結局買ってしまったんですw
どーいうことでしょうかね(笑)
私はあれこれじっくり考えるよりも、すぐに行動に移すタイプですが、
さすがに今は無理だろう・・・と思えるものは手に入れるための準備をちゃんとします。
それを今、行動に移してしまったということは、きっかけがいくつか重なったからでした。
★あ、そこそこ積立の貯金があるーと気付いた♪
★欲しい条件の整備済品があった♪安く手に入れられそう♪
★使えないだろうなーと思っていたソフトが使えるかもしれない希望♪
★今カードでお買い物をするとポイントが数倍に♪
★古いwindows機が限界だからできるだけ早くネット切断したい
ってことで、注文した翌日にきましたよ。
APPLEもアマゾン並みに早いですねw
そしてシンプル♪
電源コードと本体、小さな紙が数枚のみ!
説明書はありません。あっても読まないタイプですがw
MACなんてパフォーマっていうはるか昔のシリーズ以来触っていないのでほぼ初心者。
いろんな操作性の感覚がWindowsと違ってとまどいますが、触ってりゃなんとかなる
精神で乗り切ってますw
どうしてもわからなかったらネットですぐ出てくるし♪
MACはすぐに愛着がわきますね~♪♪
ネットつなげるのも、プリンターをつなげるのも、想像以上に簡単すぎて拍子抜けしました★
早く使いこなせるようになりたいな♪
では、本日の記事です。
心も気づき
気づきが生じている場所が心、ではありません。
気づいているから考え、気づいているから感情を味わう、ということでしょうか。
< 観照を崩壊させる実験 >
※観照とは、見る側と複数の見られる側とで成り立つ構造。
見ている主体と見られる独立した対象があるという意味だと思います。
楽に座り数回深呼吸をします。
特に何かを考えようとも、考えないようにしようともせず、
浮かんでくるものも消えていくものもそのままにしておきます。
しばらくしたら、直前に生じた思考を思い起こしてみましょう。
今思い出している思考は記憶であり、実際に今存在しているものではありません。
そして、今の思考が生じるときは、記憶の思考はありません。
このふたつの思考は同時には存在しないのです。
ふたつの思考が同時に存在できない、つまりひとつの思考というように考えること自体
理にかなっていないことです。
思考が生じていないとき、別のどこかにあるわけではなく、思考が別のどこかに隠れることもありません。
そもそも思考ではなく単なる気づきなのです。
思考も感情も感覚も周りのものも、すべては気づきです。
気づきはわかります。
でも、自分の思考が存在していないとき、世界の誰かは思考していて・・・
と屁理屈を言いたくなります(笑)
ここまで読んでもまだ受け入れられない部分がありますね。
二元性を常識として生きてきたので仕方ないし、難しいです。
次からのパートは対話になっているようです。
そこで私の疑問は解決するのでしょうかね・・・。
このモヤモヤ感はすっきりするのかなぁw
【 参考図書 】気づきの視点に立ってみたらどうなるんだろう?/グレッグ・グッド