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見えないものを信じるちから

うまくいく未来を信じて行動するには何が必要か

・ご訪問ありがとうございます★引き寄せの法則に関連する内容や、コミュニケーションに関する心理学について書いています。
・本を読んでの感想や自分の解釈、チャレンジなどを引用しつつ載せています。(青字の部分が引用もしくは本の内容をまとめたもの)
・このブログをはじめから読んでみる→見えないもの



優しさの勇気

仏教

先日、初めてクリームタイプのクレンジングを使いました。

顔を洗って鏡を見たらビックリ。

メイクが残ってる・・・・

 

 

今までオイルクレンジングでスッキリ落とせていたので、がっかり。

私の使い方が悪いのか、お値段が悪いのか・・・

 

 

ちょっと店員さんに相談しに行ってみようかな〜。

 

 

 

では、本日の記事です。

 

 

 

 

大異熟心

 

善いカルマをした人が生まれ変わって結果を得る心で、大善心の8種類と同じ心になります。

 

 

善心は行為の心、異熟心は結果の心です。

 

 

DNAと同じで、生まれた時の心は基本の心として一生持ち続けます。

生きていくうえで生まれる心はすべて、異熟心が基本となっています。

 

 

心のはたらきは強烈な結果を生み出します。

元気な人が心のはたらきで病気になったり、病気の人が心のはたらきで元気になったりするのです。

 

 

基本の心がネガティブだったとしても、すべては無常なので

気づいて変えようと決め、心がけていくことで直すことは可能です。

 

 

 

仏教では努力・励むことを称賛します。その反対は怠けることです。

ここで勘違いしないよう注意が必要なのは、休むことと怠けることの違いです。

 

 

 

 

 

努力し続けているばかりではエネルギーも切れてしまいます。

やはり充電するときが必要です。

 

 

一切なにもせず、いいことないかなーとか言って過ごすようなことが怠けですね。

買っていない宝くじは当たらないのと同じです。

 

 

 

 

 

何かしら行動した人が休むことは怠けではなく静養です。

 

 

 

そして努力にも2種類あります。

 

 

俗世間的な成長の努力と、精神的な成長の努力です。

 

 

俗世間で努力し裕福になったとしても死んでしまったら関係ありませんが

精神的な成長をしておくと、次の生まれがより幸福なものになるそうです。

 

 

 

 

 

ということですが・・・

私的には、より幸せになりたいんですよねw

 

 

その為に、俗世間的にも精神的にもバランス良く磨きをかけていけばいいんじゃないかと思っています。

 

 

でも、精神的な成長にエネルギーを多く傾ければ、俗世間的なものはそれなりについてくるような気もします。

 

 

 

本当に自分が求めているものに気づき、楽しみながら行動を変えていくことで

精神的にも磨きをかけて、より良いサイクルにしていきたいです★

 

 

 

慣れていないと人に優しさを与えるのにも意外と勇気が必要です。

身近な人はともかく、知らない人に与える優しさは特に。

 

 

私は最近、少しずつそんな勇気を出し始めました。

 

 

 

小さな変化を積み上げていこうと思います♪

 

 

 

 

 

 

【参考図書ブッダの実践心理学 第2巻 心の分析 / アルボムッレ・スマナサーラ 

心の向きを逆にする

仏教

たしか昨日のモーニングページで

「あ!これは自分の中の名言だ!」と思った言葉があったのですが・・・

忘れました(笑)

 

 

私の記憶力って悲しいくらい貧弱・・・

 

 

今朝のモーニングページを書いていてふと思ったのは、一番私に必要なのは応用力 だということです。

 

 

記憶力とか思考力とかいろいろ必要なものはあるけれど、散々いろんなものをインプットしているのに活かせていないのは応用力が足りないからだと改めて思ったのです。

 

 

どう応用しようかな、と考えることをサボっているといったほうがピッタリなのかもしれません。

 

 

 

人から教わって、その先どう活かすのかまでただ教わるんじゃ言われたことしか仕事をしないのと同じなのかも・・・と気づきました。

 

 

 

自分で考えて応用しようとしない限り、いくら知識をインプットしても無駄かもしれません。

 

 

 

そのあたりも自分の課題として取り組んでいこうと思います★

 

 

 

 

では、本日の記事です。

 

 

 

 

貪や瞋の反対は・・・

 

欲がなくなると、自分がもらってばかりじゃなくてたまには人にあげよう♪

という気持ちになります。これが不貪の善心です。

 

人に嫉妬ばかりせず、たまには人に優しくしよう♪となると怒りが消えて不瞋の善心になります。

 

貪や瞋が消えれば不貪や不瞋の善心が生まれるのです。

 

 

 

もともと、心のエネルギーは自分の方に引っ張るエネルギーだけなのです。

自分のものにしたいという欲のエネルギー。

 

 

外のものを自分に引っ張りたいと思うので、対象が大きいほど外より小さな自分の世界には引っ張ることができません。そこで苦しみが生まれるのです。

 

 

ですから、自分の方向に引っ張ろうとするエネルギーをにする、自分のものを外に出そうとすると幸福になります。

 

 

自分のものにしようとせず、そこで気分良くあじわう。

みんなで楽しむ。

 

 

自分に向ける精神エネルギーを外に向けるだけで苦しみは消えて楽しみが生まれます。

 

 

 

 

なるほど〜。

今日の部分はわかりやすかった♪

 

 

 

過去を悔やむやりも未来にどうなりたいか。

そうすれば今何をしたらいいのかがわかって前に進めます。

 

 

どうなりたいか、がわからなかったらなりたくないことを挙げてみます。

その逆を目指せばいいわけです。

 

 

 

単純に、悩みや不満、うまくいかないなーと思っている自分に気づいたなら

今と逆の思考、行動、捉え方をしていけばいいってことですね★

 

 

 

いつも悪い方向に考えてしまうのなら、その逆です。

 

 

 

逆の考え方をする人ならどんな行動をするだろうか・・・と客観的なところから入ってもいいかもしれません。

 

 

 

つまづいたら、逆。ですねw

 

 

 

 

 

 

【参考図書ブッダの実践心理学 第2巻 心の分析 / アルボムッレ・スマナサーラ 

準備OK

仏教

 図書館で借りてきた本を猛烈な勢いで読んでいますw

思考力をアップさせたくて関連した本をインプット中。

 

 

終わったら自分で実践して習慣化させ、きっちり身につけたいと思います。

 

 

自分の中でちゃんと身についたものなら、いつでもどこでも自然にアウトプットできるはずなので身につくまでやってみることが始めの課題です。

 

 

ファイナンシャルプランナーの資格も自分のためにと思って取りましたが、

仕事で使うわけでもなく実践が無いので全く身につかず日常に活かされていません。

 

 

なんとかしようとは思っていますが、今力をいれたいところが別にあるのでまだ先になるかなぁ。。。。

 

 

 

さて、本日の記事に入りたいと思います。

 

 

 

 

無因唯作心

 

 

唯作とは、心理的なはたらきのみでカルマを作らない心です。

これが3種類あります。

 

 

1つめは捨倶ー五門引転心。

 

五門とは眼耳鼻舌身のこと。

引転とは対象をすぐに受け入れられるようにスタンバイしている状態をいいます。

 

 

五感に刺激を感じ取ったらすぐに認知する準備体制。

テレビのリモコンのボタンが押されたらすぐに電源が入る、チャンネルが変わるように

スタンバイしているような感覚でしょうかね★

 

 

瞑想など何かに集中したい時でも雑音などで気が散ってしまうのは

そんなスタンバイ状態ができあがっているからです。

 

 

五門引転心があるから感覚があるのです。

 

 

2つめは捨倶ー意門引転心です。

 

こちらのスタンバイ状態は意識や心に対してになります。

 

 

わたしたちの意識や心はいつでも何かを考えようとスタンバイしている状態なのです。

いろいろな妄想概念や意識は常にぐるぐる頭のなかで回っています。

 

 

瞑想が難しいのは五門引転心や意門引転心があるためなんですね。

 

 

3つめは喜倶ー笑起心です。

 

笑うときに生まれる心ですね。

 

 

これは悟った人の笑いです。

わたしたち一般人の笑いであれば、欲からおこる笑いなので不善行為となってしまうのです。

 

 

いろいろなものから心が解放され落ち着きが生まれてくると、なんとなく楽しい、

よかった、という雰囲気が生まれた時の笑顔だそうです。

 

 

何もかもを包み込むような笑みでしょうかね。

 

 

 

私は新しいことが大好きです。

知らないことを知ることが好きです。

自分が変わっていくこと、自分の世界が広がっていくことが好きなのです。

 

 

だから、情報アンテナはいつも高く出していたいタイプ。

優れてはいませんが、自分なりに楽しんでいます。

 

 

自分が楽しみたいし、周りの人とも楽しみたい。

 

 

スタンバイOK!ってかんじですねw

 

 

ほんと、欲の塊です(笑)

 

 

情報アンテナをはる、意識してスタンバイしている状態はたぶん欲からくる不善行為のほうに入るんでしょうね〜。

 

 

 

カルマを作ろうが、不善だろうが、楽しみたいw

人間ってそんなもんでいいじゃん★というスタンスです。私はww

 

 

 

しかし、どんな欲も強すぎることなく平和に楽しんでいたいので仏教シリーズを読んでいるのです。

 

 

 

あまり理解できなくても読んでいるだけでレベルが低いなりに何かを考えることが

できているので無駄ではないかなーと感じています。

 

 

 

 

 

 

【参考図書ブッダの実践心理学 第2巻 心の分析 / アルボムッレ・スマナサーラ 

新しい価値観をつくる

仏教

薬用ドロップを舐めても喉の痛みにあまり効果はありませんでしたが、

普通のしょうがのど飴を舐めたらだいぶ治ってきましたw

覚えておきます(笑) 

 

 

今年の漢字は”金”でしたね。

今年の漢字は何だと思いますか?と尋ねられても私は今年の初めから何があったのかが

思い出せません(笑)

 

 

来年はざっくりと毎月どんなことがあったのか書いておいて年末になったら

自分の1年で今年の漢字が何だと思うか決めてみたいなーと思ってますw

ついでにどんな色だったか・・・も★

 

 

一応来年は紫を私のテーマカラーにしていますけどね〜。

どうなることやら。

 

 

 

 

では、本日の記事です。

 

 

 

 

不善異熟の続きです。

 

 

領受心と推度心という捨倶があります。

 

 

領受心とは、対象を心で受け取るということです。

五感で捉えた情報を心で受け取ったぞ、と感じるだけの捨倶です。

 

 

推度心とは、何かのカテゴリーに入れることです。

五感で感じたものを領受してすぐに好きとか嫌いとかカテゴリー分けをします。

 

 

捨倶ということは、生理的、本能的に感じ取るようなものですね。

 

 

 

無因善異熟心8種類

 

 

捨倶・・・眼識・耳識・鼻識・舌識

楽倶・・・身識

捨倶・・・領受心

喜倶・・・推度心

捨倶・・・推度心

 

 

善い心の行動から生まれた善いものを受け取ります。

 

 

 

無因不善異熟心も無因善異熟心もカルマの結果として受け取るだけであり

それが善悪の因になるものではないため無因心と呼ばれます。

 

 

 

 

過去の業、カルマからは逃げられません。

どんなカルマだったからと原因を知っても意味はありません。

 

 

行為の結果は必ず自分に返ってくると心にとめて善いことをするように心がける方が得策でしょう。

 

 

 

智慧をつけるためには心が落ち着いていることが必要です。

身体や環境が気持ち良いことがとても大事な条件です。

 

 

整理整頓されスッキリした部屋

掃除された清潔な場所

洗濯された清潔な衣服やベッド

お風呂に入って清潔な身体

 

 

 

これが基本です。

 

 

 

断捨離したりお掃除をすると運が良くなるとかいうのは

心が落ち着いて本来の能力を善く発揮できるようになるからなのかもしれませんね。

 

 

 

よくものがなくなる

どこにあるかわからず探す時間が無駄

同じものを買ってしまう

思うように進まずイライラする

ものが邪魔で生活しづらい

 

 

 

いいことがありませんw

 

 

 

さらに、心が疲れてくると頑張るエネルギーが足りなくなって

毎日きちんとやっていたことが面倒になってきます。

 

 

ジャンクフードが食べたくなったり、食べたいわけじゃないのに食べてしまったり

なんてことにもなります。私の場合。

 

 

お金の無駄遣いだし、無駄なお肉もついてしまう・・・

一石二鳥の真逆をいきますね。

 

 

 

ひぇ〜・・・こわい。

まさに今そんなところ・・・

 

 

なんとかして心を入れ替えようとしています。

 

 

 

ちなみに、最近運転していても全くイライラしなくなりました。

それができたなら、ちゃんと心を入れ替えることもできるはず!

 

 

新しい価値観、新しい楽しみにエネルギーを傾けていきたいです★

 

 

 

 

 

【参考図書ブッダの実践心理学 第2巻 心の分析 / アルボムッレ・スマナサーラ 

恩送り

仏教

先日、久々に近所の温泉へ行ってきました。

高濃度炭酸泉が他のどこよりもすごくてお気に入りなところです。

 

 

しかし。。。

今回チャプンと浸かってみると、なかなか気泡が出てこない。。。

「あれ・・・高濃度じゃなくなってる・・・」

 

 

あとから入ってきた人も、なんか少なくなってますねーと言ってました。

 

 

何かを入れ忘れたのか、節約のためなのかはわかりませんが、ちょっと残念。

入ったとたんにぶわーっと気泡がつくのが楽しくて入ってるのにwww

 

 

 

でも、お風呂に行くとほんとスッキリして気持ちがいいですね♪

 

 

 

今週末もお風呂♪

温泉ではないけど、のんびり楽しんできます★

 

 

 

 

では、本日の記事です。

 

 

 

 

無因心

 

因とは、貪瞋痴、不貪不瞋不痴のどれかを持つものを意味します。

善悪判断の因です。

 

 

つまり、無因心は善でもなく不善でもない心をいいます。

 

 

 

無因心には18種類あります。

 

不善異熟心が7種類

無因善異熟心が8種類

無因唯作心が3種類

 

 

不善異熟心とは

何か行為をした結果により心に何かを感じることを異熟といいます。

 

 

過去の自分の行為の結果を将来の自分が受け取り心に感じる

それが悪い心で何か行為をした場合のとき不善異熟心となります。

 

 

1つめは、捨倶の眼識です。

苦しみも楽しみも無い状態で目でものを見ること。

 

 

悪い行為をした場合、それを見ること自体に苦しみも楽しみもありません。

音を聞くことも香りを嗅ぐことも、舌で味わうことも同様です。(2〜4つめ)

 

 

その後、心で判断をしたときに苦しみが生まれます。

 

 

 

5つめは、苦倶の身識です。

身体の感覚は直接苦しみを感じます。

 

 

 

悪行為の結果として感受するのは苦しみです。

 

 

 

おや・・・?

無因心は善でも不善でもない心をいい、その中に不善異熟心がある。

悪い行動の結果は心に苦しみを感じると・・・

 

 

これは・・・不善ですよね。

 

 

善でも不善でもないものの中に不善があるってどういうことなのかな。。。。

と混乱中ですw

 

 

もう少し先まで読めばわかるのでしょうかね。

 

 

結果として感じる心自体は善でも不善でもないということかな?

 

 

 

自分が発したエネルギーと同じエネルギーがまた生まれて返ってくる。

発すれば周りにも影響を与えます。

 

 

どうせなら良いエネルギーがいいですよね。

自分も嬉しかったり喜んだりいい気分、周りにも良いエネルギーが伝わる。

 

 

さらに、善行為は分け与えて皆でやるのが良いそうです。

そのほうがエネルギーは倍々になって広がりますね♪

 

 

恩は返すものではなく送るものだといいます。

 

 

何かしてもらったり、頂いたりするとつい自分も返さなくては!と思ってしまいがちですが、恩を返したらくれた人の恩がナシになってしまうんですよね。

 

 

何か別の形で協力したり感謝をあらわすといいかもしれません。

 

 

恩を頂いたら、自分も別の誰かに送ってみる。

 

 

ペイフォワードっていう映画のように。

 

 

 

 

 

 

こんなふうにあったかい気持ちが広がっていったらステキだなぁと思います。

 

 

 

この映画、1度目に観た時はちょっとショックでした。

王道を行くハッピーエンド好きな私としてはw

 

 

でも2回めに観た時はちょっと納得できました。

 

 

それから数回観てお気に入りの映画のひとつです。

 

 

私が数回同じ映画を観るのは稀です。

 

 

 

今観たらどんな感想を抱くのかなぁ〜。

時間に余裕ができたら観てみたいと思います★

 

 

 

 

 

【参考図書ブッダの実践心理学 第2巻 心の分析 / アルボムッレ・スマナサーラ 

本当の優しさ

仏教

ここ数日喉が痛いので、薬用ののど飴を買ってなめています。

多少は緩和されているかな。

 

 

一昨日は勉強会をやっている仲間での忘年会でした。

お料理も美味しかったし楽しかったです♪

 

 

今週末もまた忘年会。

今度は泊まりで楽しんできます★

 

 

年末年始は寒さやら忙しさやら飲食が乱れがちなどで体調も崩しがち・・・

ちゃんと自分でコントロールしないとですね〜。

 

 

でも、私はいたって健康♪めったに風邪すらひきません。

が、今回は喉がちょっと痛いので注意が必要です。

 

 

 

若くはないのであんまり予定を詰め込みすぎないように気をつけましょうっとw

 

 

 

 

では、本日の記事です。

 

 

 

 

欲界善心

 

 

何か善いことをするときには24種類の心が生まれます。

 

一般の人間に生まれる善心は8種類

もう8種類は善心の結果としてただ受け取る心

残りの8種類は完全に悟った人がただおこなうだけの善心です。

 

 

善心とは、貪りがなく怒りもなく智慧がある、という心所が入っている心で貪瞋痴が無い状態をいいます。

 

 

善の心が生まれると、心は軽く明るく気持ちが良いものです。

 

 

喜倶・・・善いことをして心が明るく楽しみや喜びを感じている状態

捨倶・・・別に特別な楽しみも苦しみも感じていない、冷静でいる状態

 

 

元気で明るく機嫌も良くて心に余裕があると善いことをしようという気分になれます。

それが喜具。

 

 

特にわくわくする楽しみもなく心は落ち着いて余裕がある時は、頼み事をされたら

「いいですよ、やりましょう」となります。

これが捨倶。

 

 

 

智慧があるかないか

 

 

善いことをするのは当たり前だという理解があるかどうか。

または、仏教的な心のはたらきをよく知り、心理やカルマの法則を理解しているかどうか。

 

 

智慧がある場合は善行為になります。

 

 

援助をするにしても、相手が必要としていることをよく調べて責任を持ってする援助ならば智慧のある善行為です。

 

 

ただ闇雲にお金をばらまく援助は智慧のない善行為なのです。

 

 

 

 

 

 

援助はむずかしいです。

同情だけではただの自己満足になりかねません。

 

 

 

本当に相手のためになることを考えられる智慧が必要なんですね。

 

 

 

ただ可愛がって子供を育てるというのは無責任で、

きちんと社会の中で生きていけるように教育していくのが本来の子育て

というのと同じだと思います。

 

 

 

日常関わる人でも、相手の状態によってどこまでが本当の優しさになるのか、というのはとても悩みます。

 

 

 

子育てと同じように、これが正解!というマニュアルがあるわけではないですからね〜w

 

 

そこは失敗から学ぶしかなさそうですね。

 

 

 

 

 

 

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自分史上最高を目指す

仏教

考えが足りないと反省ばかりしていましたが、そうやって意識していたせいか

冷静に考えてみるとだいぶ頭を使い始めてるなーということに気づきました。

 

 

どうもダメなところが目につきやすいのですが、できていることに焦点をあててみると

随分と進歩しているように感じられました。

 

 

 

例えば、健康のことを考えて情報を調べて試してみる。

ここまでは元々できていました。

 

 

以前はそれでダメだとまた次の情報を探して試すという行動でしたが、

今は様子を見ながら検証しつつ、自分の体質に合うように微調整をしながら

習慣として身につけることができるようになりました。 

 

 

ダイエットも是非それを活かして成功させたいところですw

 

 

 

では、本日の記事です。

 

 

 

 

善悪を区別する方法

 

 

善の心で行動していれば善行動であり、不善の心で行動していれば不善行動になります。

 

 

例えば、可愛いという愛着だけで子供を育ててしまえば様々な問題を起こすようになります。

子供を独立した社会人として生きられるよう育てるという慈しみが必要なのです。

 

 

愛着は汚れた心、慈しみは清らかな心です。

 

 

どこかに自分の欲だけが隠れていれば不善になってしまうんでしょうね。

ただの同情や表面的な優しさではなく、心からの思いやりが大事です。

 

 

正直、私はいろんなテストをやっても優しいと出て、人からも優しいと言われます。

が、私の優しさって表面的な気がすると自分で思っています。

 

 

もちろん、偽善とか嘘での言動はありませんが、なんていうか、浅いのです。

考えと同じで優しさも浅い。

 

 

そこが人間力かなーと思うので、人格的にもっとレベルアップをしたいと強く感じているところです。。。w

 

 

たぶん、人に対しての関心が薄いのも原因のひとつではないかなーと思います。

人付き合いにもエネルギーが入りますからねー。

 

 

たっぷり給油しなければ!(笑)

 

 

 

話を戻します。

 

 

不善の心は全部で12種類の貪瞋痴です。

 貪りの心が8種類

 怒りの心が2種類

 無知の心が2種類

 

 

わたしたちの日常での言動はほとんどがこの貪瞋痴にもとづいています。

楽に生きるためなどの欲として行動すれば不善行為になってしまいますが

智慧を身につけ人として、自分にも他人にも役立つため、自立のためとして行動すれば善行為になっていきます。

 

 

人と比べたり、競争心からの行動は不善、自分史上最高を目指し、人は人で認めて協調性を発揮するような行動は善になります。

 

 

 

 

今日の部分から浮かんできたのは、

 

人は誰でもOKである。

人は誰もが考える能力を持っている。

自分の運命は自分自身が決め、その決定はいつでも変えることができる。

 

これは交流分析の哲学です。

 

そして、私はOK、あなたもOKという態度。

 

 

 

アドラー心理学では共同体感覚をみにつけること。

 

 

 

そんなところに関連性があるなーと感じました。

 

 

 

 

 

【参考図書ブッダの実践心理学 第2巻 心の分析 / アルボムッレ・スマナサーラ